ふいちゃんの中国日記

つれづれ編/旧東海道53次編

東海道53次 第20回 江尻宿→府中宿

2015年1月18日

いよいよ徳川家康の本拠地駿府入りである。徳川家康は1603年に征夷大将軍になり2年後の1605年に引退して駿府城(静岡県)へ移った。江戸城には二代将軍家忠がいたが実権は家康が握っていたとのこと。
最近でも首相よりも首相を動かす闇将軍が実権を握っていたということがあったが、こういう方式は昔からあったのだ。
旧東海道でもっとも栄えた宿場が駿府城のあった府中宿だったという。そして府中宿のあったところは現在ビルが立ち並び、これまでの宿場跡とは繁栄度に格段の差を感じる。
城壁等は最近作ったのであろうと思われるような石積みで構成されていて、この点では姫路城にはるかに及ばない。
戦前、野球のアメリカチームが来日し、各地で8試合を行ったそうだ。7戦ボロ負けの後の第8戦目は草薙球場で、沢村投手が登板。ホームランで一点取られて日本チームが負けてしまったものの、連続ボロ負けが僅差負けで沢村投手は大いにアメリカチームから評価されたそうである。バッターがベーブルース、ピッチャーが沢村の対決像がある。
ガンダムを作っているバンダイの工場に寄る。と言っても中に入ったわけではなく外から眺めただけ。ウォーキングコース設計者がガンダムの大フアンで少し寄り道してコースに組み込んだとのこと。
護国神社というのはあちこちにあるが、ここの護国神社には安定感がある。両横と奥は山で木が密集していてまるで護国神社を守っているかのようである。入口にある狛犬はよく見かける狛犬より数段大きく、しかも両方とも大きく口を開けている。通常は片方(雄)が口を開け、もう一方(雌)は口を閉じているのだが。
駿府城跡は天守閣等はまったく残っていないが、規模の大きさはかなりなものであったであろうことが想像できる。家康が植えたミカンの木がある。木の大きさからしてここのは本物のような感じである。