ふいちゃんの中国日記

つれづれ編

タイサンボク街路樹

2016年5月29日

 色々な街路樹があるものだ。わたしにとっては初めて見る花でもある。それは山梨県南巨摩郡富士川町青柳にあった。その道を東に進むと建設中の中部横断自動車道にぶつかる。その直前に国道52号線が走っており、右折して南下するとほどなくしてかなり規模の大きい「道の駅・富士川」がある。

 ウィキペディアによるとタイサンボクは漢字では泰山木や大山木と書くとある。北米中南部の原産でミシシッピ州とルイジアナ州の州花に指定されている。樹高は20m以上にもなるという。

 2016年5月25日、JR身延線鰍沢口駅から富士川橋を渡って鰍沢に入り、青柳、増穂を巡って再び鰍沢口駅へ戻る15kmのウォーキング。国道52号線の道沿いに広がるこの一帯は昔の富士川舟運で栄えた地域で実際に歩いてみるとその面影を見ることができる。

 富士川舟運は徳川家康の命を受けた京都の豪商「角倉了以」によって開削工事され開かれたもの。それまでは一頭の馬が2俵の年貢米を3日かかって駿河まで運んでいたのが、全長約13m幅約2mの高瀬舟で一艘につき32俵の年貢米を時速10km6時間で岩淵河岸(現静岡県富士川町)まで運べるようになった(富士川町資料より)。

 帰りの上りは鰍沢まで駿河の塩を運んだという。鰍沢には当時の塩問屋の蔵が残されており竹の床にたまった江戸時代の塩が今も壺に保管されている。メンバーの一人がその塩を舐めてみたがやはり塩辛いと言う。当時は塩田法だっただろう。今よりもミネラル成分がたっぷりと含まれていた筈。