ふいちゃんの中国日記

つれづれ編/絵手紙編

絵手紙 早川町

2017年6月20日


 山梨県早川に沿って広がる早川町は謎めいた地域である。甲斐の国を直轄管理した徳川家康は武田信玄の作り上げた様々な制度を採用したと聞くが、江戸時代の隠密制度は武田信玄が既に作っていた。

 その拠点になっていたのが早川町の奈良田。当時は今のような平野の道はなく、山の尾根筋に山道が発達していたという。奈良田は尾張、信州、越後のどの方面へ行くにも便利な地点だったそうである。

 隠密は各地に土着化してその地の盆踊りなども奈良田へ持ち帰った。今も奈良田にある各地の盆踊りを説明する一つの有力な根拠となっているようだ。しかし、文書などは一切残っていないという。このことも益々隠密の里にふさわしい気がする。

 フォッサマグナは日本列島を静岡から糸魚川にかけて分断する構造線である。早川ではこの構造線が露出しており、直に見ることも触ることもできる。