ふいちゃんの中国日記

つれづれ編/フットパス編

甲府城堀巡り 八日町

2017年7月16日


2017年6月12日、甲府城堀~八日町巡りのフットパス約4kmに参加。

江戸時代、甲府は江戸の西方の守りの要として重要視され、家康の9男徳川義直、徳川家光の弟徳川忠長、家光の3男徳川綱重、6代将軍となる徳川家宣等徳川氏の一族が領主となった。例外として、5代将軍徳川綱吉の側用人である柳沢吉保、吉里父子が領主となった。享保9年(西暦1727年)、吉宗の享保の改革時に幕府直轄化が実施された。(以上Wikipediaより)

甲府城には二の堀、三の堀があった。明治維新後これらの堀は今も残っていて、ある所は建物や道路の下に、有る所では地表に形をとどめている。堀の幅は五間(約9m)あったと聞くが、現在、狭い所では1m弱、広いところでは5m(いずれも目測)ほどになっている。

堀跡は完全に埋めてはならないということのようである。ほとんど水の流れていない堀跡もあれば、幅広できれいな水が流れている堀跡もありマチマチである。もし、甲府盆地に一時間に百ミリのような豪雨が降ったらどうなるのかどうなるのか心配。

八日町は甲府城下で最も栄えた町と言われている。では今のどこかと言うと、それは旧甲州街道で旧国道20号線の現在NTT甲府支店のある通りである(以上Wikipediaより)。当日配布された地図資料は出典もタイトルも不明だが、それによると八日町と旧甲州街道(旧20号線)とは一致している。

集合場所となった天尊躰寺はこの旧国道20号線の側にあり、NTT甲府支店とそう遠くはない。八日町の中だった可能性は高い。

よく知られた「目には青葉 山ほととぎす 初ガツオ」の作者山口素堂のお墓がこの寺にある。

ここの秘仏のご開帳は電動式で表の扉が開くようになっている。しかし、写真のように立体感はなく、素人目にはまるで絵のように見えるから不思議。

天尊躰寺から歩いて1~2分のところに教安寺がある。ここには江戸時代のものと思われる碁盤と碁笥の石塔がある。当時としてはめずらしくなかったそうで、甲府市内の他の寺にはほかに酒樽、三味線、将棋盤などの墓石もあるらしい。あの世へ行っても碁仇と好きな囲碁を打って暮らしたいという願いであろうか。現生とあの世とはつながっているという考えかも知れない。
瑞泉寺の大岩にはその上に一本の木が生えていて、全く枯ないのだという。物知りの方がちょっと寄り道して案内してくれた。近くでこの不思議な木を見たいのだが、このお寺は一般の人は入れてもらえないのだとか。

山梨の銘菓“くろ玉”で有名な“澤田屋本店”は旧八日町(旧甲州街道=旧20号線)沿いにあるが、じつはここの建物は堀跡の上にあり敷地の南側に今も堀跡を見ることができる。