ふいちゃんの中国日記

つれづれ編

武田家終焉の地と竜門峡

2014年1月4日

これは2013年11月6日の15kmウォークである。



武田家終焉について少し記す。1585年4月3日、武田勝頼は織田信長と徳川家康との連合軍の侵攻を受け、岩殿山(JR中央線の大月駅近く)に城を構える家臣小山田信茂を頼ったが、小山田信茂の謀反に遭い、止む無く天目山へ落ち延びようとする。しかし力尽き途中の田野村で主従50名が自害した。

武田家滅亡後、甲斐を領した徳川家康は勝頼主従の菩提を弔うため、田野寺を建立した。それが今の景徳院である。



景徳院を過ぎるとほどなくして竜門峡の入口がある。

竜門峡もけっこうきついところがある。

とくに最後のところは大変急な上り坂道で、登り切ったらバス通りである。

さらにその上に天目山栖雲寺(せいうんじ)がある。

栖雲寺は山梨県指定名勝の庭園で、前方に見える山々の紅葉もきれいである。