ふいちゃんの中国日記

つれづれ編/旧甲州街道編

甲州街道 三月 第一回 下諏訪宿

2014年6月19日

旧甲州街道を下諏訪宿から江戸城まで歩くウォーキング活動に参加している。甲州街道と言っても日本橋が起点ということは知っていたが、下諏訪宿で中山道に合流して京都三条大橋までつながっているということも参加してはじめて知った程度の知識である。

江戸時代の人々が歩いた道をたどりながら、月一回合計15回で江戸城まで進む。なぜ終点が日本橋でないかというと、この旧甲州街道は将軍家が使う宇治茶を運ぶ街道(別名お茶壺街道)だったということで江戸城(現在の皇居)を目標にすることになったそうだ。

東海道53次にも一里塚が残されているが、甲州街道にも残されている。昔はどういう方法で距離を測定したかというと、それは「徒歩」測定だったという。「徒歩」というのは乱暴なようで、じつはかなり正確であることを経験上知っている。

わたしは天気のいい日は近くの河川敷を往復約8km歩くが時間はほぼ同じ100分である。相当急いでも90分、花がたくさん咲く時期は写真を撮ったりするので120分かかるが、通常は100分とかなり正確である。

ウォーキング活動の場合、必ず下見をするが、担当者によってはこの部分は下見をしていないなと思われることがときどき出現する。予定時間より一時間~一時間半も早く着くことがある。これは実際に歩いて下見をしていないということである。車で通ったか、地図上で判断した結果で、こういうときは人間の心理として大目に計算してしまうのであろう。

休憩から休憩までの距離は普通およそ5~6kmだからその程度の距離で一時間~一時間半もの差がつくことは通常はあり得ないからである。


ここに「山門禁葷酒」の石碑があった。

意味はわかるが、この文章は少し怪しい。日本人が作った文かもしれない。

通常は「不許葷酒入山門」である。