ふいちゃんの中国日記

つれづれ編/旧甲州街道編

甲州街道 4月 第二回 蔦木宿

2014年6月21日

これまで歩いた旧東海道の日本橋~沼津宿の間には一里塚がいくつか残されているが、土塁がこれほど完全に残っていて尚且つ大木のケヤキも残っている旧甲州街道の一里塚(名称:御射山神戸一里塚)はいまのところここしか知らない。

富士見公園内に伊藤左千夫の歌碑がある。伊藤左千夫については二十代の頃、小説「野菊の墓」の舞台になった千葉県松戸市近くに住んでいたことがあったので何度か行ったことがあり知っている。「野菊の墓文学碑」~矢切の渡し~柴又帝釈天はいい散策コースであった。

後ほど細川たかしの唄「矢切の渡し」で有名になった矢切の渡しは小説「野菊の墓」で政夫と民子の別れの場所になったところでもある。伊藤左千夫は富士見・蓼科をとくに愛し何ども訪れているという。
馬頭観音は長野県~山梨県の各地に多数残されているが、この写真の馬頭観音は当時のままの形で残っている大変貴重なものだと思う。

4月21日、富士見町は各所で桜が満開。綺麗に整備された明治天皇御野立所跡の当時植えられたと見られる桜も満開であった。
熊やイノシシを捕える檻も設置されていたりして道中飽きない。目に入ってきた富士見町の地名表示表だけでも読み方もわからないものもあり、この地域が何か謂れがありそうな雰囲気である。その後、いろいろな話を聞くと、この地域には軍馬を育てる技術をもった人々が朝鮮半島から渡来してきて定住し、軍馬の養成地として知られていたそうである。