ふいちゃんの中国日記

社会編/現実

新三年、旧三年、縫縫補補三年

2006年5月28日

中国の文化大革命の時代を生きてきた人の話を聞くと、経済発展した今の中国からは想像ができないような苦難の時代があったことを知らされる。
そして日本もかつてはそういう時代があったことが思い出される。

配給制度があった頃、つまり物資が十分でなかった頃、一般庶民の子は1年に1回、春節のときに親から新しい衣服を買ってもらうのが楽しみだったという。
新しいうちに3年、古くなってから3年、破れたらつぎはぎしてさらに3年、合計9年は着るのが当たり前の時代だったという。

35年ほど前にこういう苦難の時代を経ているせいか、この国の人々とはとても物を大事にする。
日本のようにポイポイ捨てるようなことをしない。
靴でもかかとが磨り減ってくればそこだけ交換して使う。
そしてそういう交換を職業とする人が人通りの多い場所には必ずと言っていいほどいる。
人々も買い物にきたついでに、あるいは通りすがりに気軽にちょいと椅子に座って交換してもらっている。
タクシーでも20年は優に使っているのではないかと思われるようなのが結構ある。

もうひとつ感心するのは廃棄物のリサイクルが日本より盛んなことである。
わたしのアパートから出るゴミも直接焼却場へは行っていない。
アパートのすぐ近くに歩道を占拠して作られた掘っ立て小屋がある。
アパートから出たゴミ袋はここへ持ち込まれ、そこで中身の分別がなされていてプラスチック類の取り出しが行われている。
ここは言わばリサイクル分別センターとなっている。
だから、この掘っ立て小屋の前を通ると強い異臭がある。

近くの凱倫ホテルの裏口にあるゴミ出し口では毎朝早く、出てきたゴミからプラスチック類の分別をしている数人の姿を見ることができる。
表は綺麗だが、裏でのゴミ分別処理がそれを支えている。

このように中国では再利用の仕組みが日本より優れているように感じる。
だが、ゴミを出す一般家庭での分別や、分別収集はまだなされていないようである。

【註】
  新三年、旧三年、縫縫補補三年 xin sannian jiu sannian fengfeng bubu sannian
        シンサンニエン ジユウサンニエン フォンフォンブウブウサンニエン